F/A-18ホーネット

ーネットのルーツはノースロップ社の頑なな強テーパー、浅い後退角のF−5フリーダムファイターにさかのぼる。
強後退翼全盛の時代にあえて浅い後退翼を採用したのは最大速度よりも構造重量を減らし安価で空戦能力を重視する思想からでF−5、P530コブラ(モックアップまで)、YF−17、F/A-18まで一環した設計コンセプトには脱帽。
基本設計はやや開いた双垂直尾翼とストレーキのある双発形式は強烈な個性でP530に始まりYF-17空軍仕様でほぼ確立、F-16に敗れるもF-18海軍仕様でよみがえる。 最大の特徴である長いストレーキ。古くはサーブ35ドラケンに始まるダブルデルタ形式の恩恵を一つには狙っていると考える。大迎角で急増する揚力は、風圧中心移動よりピッチアップトリムになる危険な癖。
SR-71も同様な効果を狙ったチャインがある。一度セミスケールハンドランチグライダーをつくり飛ばしたことがあるが、機種を持ち上げ始めると急激にスピードが落ち、やがてそのままの姿勢で垂直に落下した。
ホーネットはフライバイワイヤーによる空戦能力重視で故意に空力的負の安定を与えるも難なく操縦できるが、ドラケンは文献にもあるように着陸は熟練を要する。
決して大迎角でスロットルを緩めたままではいけない。大迎角で預かれる揚力と巨大な抗力はトレードオフだからで、常に迎角とスロットルはバランスを保たなければならない。
もう一つは大迎角時ストレーキから発生する揚力を失った渦が垂直尾翼の境界層を吹き飛ばすことで失速を防ぎ、実質の垂直尾翼容積確保に貢献する。
さらに垂直尾翼の位置は主翼の陰なならぬよう、またエリヤルールの体積変動を考慮しつつ絶妙な位置に設定されている。

 一見F-16の影となり目立たない存在なるもデザイン、設計思想において十分ユニークな一機といえる。

           1979年当時の初期型

全長      :1000mm
全幅      :960mm
翼面積     :20.2dm2
水平尾翼面積:5.1dm2
重量       :1410g
ラジオ     :3ch、3サーボ
エンジン    :エンヤ21CX
翼型      :NACA0012

後期改造後
重量      1450g
ラジオ     :5ch、5サーボ(マイクロ3)
エンジン    :エンヤ30SS

型の方は実機がロールアウトしスピンテストなど各種テスト飛行を始めた時期に設計を始める。参考資料は航空雑誌の3面図ではあるが、その機首の長きこと(それがかっこいいのだが)、このままでは重心あわせは不可能、妥協点まで切り詰める(軽量が命でバランスウエイトを載せるのは罪悪)。翼面積は最初から20dm2(胴体、ストレーキ含まず)と決め結果的に翼面荷重70g/dm2に仕上がった。
尾翼容積は当時のRC機の数値を参考にするが、短きテールモーメントと比較的長いコードでは十分にとることは不可能、数値は忘れたが程よく妥協。 
 ジェット戦闘機でプロペラまで妥協したものの本当は引き込み脚にしたかった、しかしながら軽量はなによりも変えがたく、引き込み脚などやったことない若造にいきなり胴体引き込みはさすがに無理があり、またも妥協。
胴体、主翼とも設計、製作構成はF86とほぼ同じながら、胴体胴枠は一部バルサを、主翼リブにはさほど効果なさそうな肉抜きを施し、気持ちは垂直上昇。
そういえばこの機体から胴枠などの曲面切り抜きをいまでは珍しくもないが電動糸ノコ盤を使用しスピードアップを図っていた(以前はなんとノミや、ハンド糸ノコ使用)。
 胴体側板は相変わらず3mmバルサでややエリヤルールを意識したくびれを再現しエアインテークはバルサで箱を作り後貼り、全体を2mmバルサで胴枠要所に切り貼りプランク、出来上がったらねじれていた。
主翼は特筆無く2mmリブに1.5mmプランク、水平尾翼はオールフライング採用で3mm骨組み後1mmプランクサンドイッチ。ストレーキはバルサブロック削り出しで被覆はエクセルコートのツートーンしめて1410gはまずまずか。当時はマイクロサーボなどもちろんなく、レシーババッテリーだって1000mAhです。

 

ダー無い3chながらエルロンとノーズギアを連動としいざ出発。やはりラダーないとだめ、右へ行ってしまう、ペラと地面が接近してるせいか。それでも無理やり離陸、上昇はスムース、旋回もほどよいロールレートでトリム調整のみもでほぼ定常飛行は可能と判断、ロール、ループも難なくクリア、垂直上昇は加速がついていればOKなるも離陸直後はパワー不足。スロットルを中スロー以下にすると急激に降下、いつものようになんていくと機首を上げたまま地面へドスン、ちょっと翼面荷重高いだけでこの始末。下手なんです。
当時は燃料も10%ニトロ程度で、操縦も未熟でこの機体を飛ばしこむまでに至らず採点つけようがないが少なくとももう一度作りたい機体ではなさそう。なぜかってカッコ悪いから 
ということでもないが8年後に引き込み脚を無理やり胴体に装着、スピナーは幾分尖ったものへ、メカ、エンジンもモダンに、フィルム貼りを剥がし絹貼り塗装のブルーエンジェルスでリニューアル。幾分かっこよくなったか。トレッドの極端に狭い引き込み脚は、bf109譲りでラダー追加したものの離陸は極めて困難、(10回トライして成功1〜2回、アスファルトだともっとよかったか?)、飛行もなぜかピッチング収まらず(今思えば幾分テールヘビーか)、3〜4回目の離陸で機首をヒットしエンジンマウントごと吹き飛び最期となった。

今ならダクトやジェットエンジンの輸入FRPキットで数Kgの巨体が完全スケールで飛んでしまう。十分長大なアスファルト滑走路と強力な推力でレイノルズ数アップの恩恵に預かれた結果といえよう。羨ましい限り。(^o^;)
設計から飛行まで、今ならせいぜいこのクラスなら4ヶ月程度だが当時は1年近くかかっており、思い入れの大きい1機であった。